英語→日本語!BTS 防弾少年団ニュース

いまや世界で一番ホットな韓国の7人組ボーイズグループ「防弾少年団」(BTS)が取り上げられた英語媒体の記事やニュースをファンが和訳して載せているブログ。翻訳には意訳部分も多くなりますのでご了承ください。

【和訳2/2】MAMAでのBTSのスピーチから我々が学ばなくてはならないこと

 2018年12月16日に公開された、CelebMixでのAyushi氏の記事を翻訳しました。和訳記事は2回に分かれていて、こちらは後半です。



オリジナル記事はこちら↓ 

celebmix.com


 

前半の和訳記事はこちら↓

www.bts-jpntrans.net

 

 

ジンのスピーチがなぜ重要なのか、いくつかの理由を挙げる。

まず、キャリアのピーク時でも自分たちの精神衛生を第一に考えられるBTSの勇気を讃えるべきだ。第二に、問題に「向き合う」決断ができたということは、彼らがメンバー同士を、また自分たち自身を深く信じられているということでもある。彼らは一緒に、この危機を乗り越えたのだ。アルバムのヒット、スタジアムツアーのチケット完売、国連総会への参加、そしてその他の様々な決定的瞬間があった2018年は、BTSにとって、もっとも輝かしい1年になるだろう。"IDOL"や"Love Myself"そして"Epiphany"などの曲を聴くと、彼らがこの新しい挑戦の数々を受け入れたことで、自分たち自身の価値をもっと認められるようになったということがはっきりとわかる。



第三に、ジンのスピーチは7人の若者たちが感じていた大きなプレッシャーの存在を明らかにした。彼らに精神的な影響を与えていたのは「名声」ではなく、彼らの成功に意味づけをしたいと願う人たちの「期待」だったのではないか。「負け犬」と見られていた場所からやってきて、いまや欧米の音楽界のビッグスターよりも高い実績を残す地位に登りつめたことを考えると、彼らが今後も同じように成長しなければというプレッシャーを感じていることは明らかだ。実際にSUGAは以前、過去の自分たちを超えて、良い曲をつくっていけるのか不安だったと漏らした。

 

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こうしたプレッシャーに加えて、彼らは常に、彼らの毎秒毎秒の行動について知りたがる人たちやメディアよる目にさらされている。空港での騒ぎは、彼らの注意を引きたいがために、結局は彼らを「モノ」として非人間化してしまう人がどれほど多いかを示す一例にすぎない。

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メンバーのスピーチが浮き彫りにした苦しみは、BTSだけに見られるものではない。有名人というものはときに、私たちエンドユーザーが消費する単なる「商品」に成り下がってしまう。だが画面に現れる有名人の顔は、その人にとってのひとつの顔にすぎない。彼らの裏側には、心配性だったり、不器用だったり、不安だったり、陽気だったり、情熱的だったりする、私たちの日常と変わらない「人間」としての多様な姿があることを、私たちはときに忘れてしまう。私たちと彼らの違いは、その「スケール」だけなのに。

皮肉にもその「スケール」のせいで、私たちは彼らとの間に距離を感じ、彼らの事情を考慮することなく勝手な判断を撒き散らかしてしまう。こうした「人気者」たちが毎日何百万人の人達の監視の下に置かれていることを想像し、その心情を理解するのは、それほど難しいことなのだろうか?


BTSの"Love Yourself"や"Speak Yourself"のメッセージは、特に彼らの告白を聞いた後には、より真実性を帯びる。自分たちが困難な状況にあるとき、いつもARMYと分かち合ってきた彼らだが、表では語られないことがたくさんあるはずだ。そもそも芸術作品というのは商業的な構成要素の他にも、人の手による大いなる努力と情熱が原動力になって初めて形になるのだということを、私たちは理解しなくてはならない。そしてその努力と情熱に尊敬の念を払い、一線を引くことを学ばなくてはならない。


受賞スピーチの後にARMYは、メンバーが解散せずに一緒にいてくれたことについて#ThankYouBTSや#ThankYouBTSforStayingなどのハッシュタグを使って、Twitterで感謝の気持ちを伝えた。そしてBTSの曲のおかげで自分がどんな風に問題を乗り越えてきたか、彼らの音楽が自分にとってどんな意味を持つかを語った。

 

芸術作品を消費することは選択肢のひとつであるし、より良い作品のためにも建設的な批評は必要だ。けれど同時に、アーティストの生活をつぶさに見ようとすることの「境界線」を知るべきだ。その人が社会にとって害のある行動をしている場合でない限り、私たちが誰かの人生の個人的な選択について、なんらかの意見を撒き散らかすことの正当性はない。

私たちはまず、自分の人生を大事に生きていく。その上で他者に対してもう少し優しい眼差しを向けても、失うものは何もないはずだ。



AyushiさんのTwitterアカウント
@ayushidelhi1996

 

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